矯正治療後に保定が必要な理由
残念ながら、矯正治療では装置が外れても治療が終了したわけではありません。
そのままにしておくと、せっかく綺麗になった歯並びが部分的・全体的にズレたり、後戻りを起こします。その原因はいろいろありますが、歯の回りの歯周組織(歯槽骨(しそうこつ)、歯肉)、筋肉(咀嚼筋(そしゃくきん)、舌、表情筋)、噛み合わせの緊密性、治療前の不正咬合の状態などが関係してきます。
歯周組織 : | 歯根の回りの骨が安定していなかったり、歯肉繊維が原因で、捻れていた歯が後戻りを起こすことがあります。 |
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筋 力 : | 噛む力(咀嚼筋)の強弱によって噛み合わせが変化します。 そして、後戻りを起こす原因のNo.1は悪習癖を伴う舌です。 また、前歯が出ていた場合は、口唇力(特に、上唇)が弱いことが多く、強化することも大切です。 |
噛み合わせ : | 緊密な噛み合わせ程、術後の安定が良く、特に左右側(小臼歯・大臼歯)の前後的な噛み合わせが大切となります。 |
術前の状態 : | 不正咬合の状態に応じて後戻りがしやすい部分があります。 例えば、捻れた歯(捻転歯)、噛み合わせが深い(過蓋咬合)、逆に浅い(開咬)、顎の成長が強い(骨格性の下顎前突)、周囲組織の問題(舌癖、口唇閉鎖不全)などです。 そこで、治療方法を考慮したり、ある程度の後戻りを予測した治療・防止策が必要となります。 |
(後述の「安定しない原因と対処法」をご参照下さい)
保定装置の種類
保定装置には、固定式と取外しができる可撤式があります。不正咬合の状態や術者の考え方によって用いる種類は様々です。
固定式は、前歯の裏側に付けることが多く、特に下顎前歯に多く用いられます。
可撤式には、プレートタイプや最近は透明で歯に被せるタイプもあり、上顎のみや上下顎両方に用いられます。
それぞれに長所短所があります。固定式は、後戻りを防げますが定期的に清掃(歯石除去)が必要となります。可撤式は、必要(食事、歯磨き)に応じてはずすことができますが、サボると後戻りを起こします。
よく「矯正治療をしたけど戻ってしまった。」「治療をしてもしなくても一緒」等の書き込みを目にしますが、そのほとんどが保定装置をサボったことに原因があると思われます。
保定を続ける期間
不正咬合の状態、治療期間、開始年齢等によっても異なると思います。
可撤式保定装置は、半年から1年間は1日中の装着、2年目より夜間のみとし、徐々に装着時間を減らし、装置がきつくならないかを確認していきます。きついようであれば装置をつけていた方が良いと思います。
固定式保定装置は2~3年程度、必要に応じてその後可撤式に換えます。術前の凸凹が極めて強く、長期間の安定を望むのであれば“生涯リテーナー lifetime retention(可能な限り保定装置を装着し、定期健診を続ける方法)”も一考だと思います。
極端な言い方をするならば、一生使用すれば噛み合わせは生涯安定するということです。
余談ですが、アメリカの診療室を訪問した際、中年の女性が定期健診で来院しており、子供の頃に治療した状態を安定させ続けるため、5年毎に保定装置を作り直しに来ていると話してくれました。
安定しない原因と対処法
噛み合わせ
上下1歯対2歯の関係で緊密な咬合を得ることにより、治療結果も安定します。
具体的には、上下歯車のような噛み合わせで隙間が見えない状態です。
このような嚙み合わせを得るには、術者のスキル(技術)と患者さんの協力が不可欠です。
治療結果の模型を見せてもらいましょう。
捻れた歯と歯周線維切断(CSF, fiberotomy)
歯肉の中には、歯の回りや歯と歯の間に歯周線維があり、治療により延びたり縮んだりしています。
特に捻れた歯(捻転歯:ねんてんし)では、延びた線維が戻ろうとすることにより、歯の後戻りを認めることがあります。
そこで、捻れた歯や凸凹の歯は治療の初期に改善させて、より長く安定させる必要があります。
また、後戻りを防ぐ目的として矯正装置を外す前に線維を切断する方法があります(歯周線維切断)。
必要性については、術前の状態や術者の考えもありますので説明を受けてみて下さい。
悪習癖(舌癖、指しゃぶりなど)
舌癖とは、飲み込む時に舌を前に出す癖で、赤ちゃんの時のおっぱいを飲む癖がそのまま残っているものです。
この癖があると、構音障害 (sa, si, su, se, so が tha, thi, thu, thu, the, tho、に聞こえる)いわゆる「舌足らず」や上下前突(前歯、口元が前に突出する)を認めることがあります。
もちろん、命にかかわることではないので特段心配することではないのですが、発音にかかわる仕事、歯並びを治療した後の安定性という点からは対策(訓練法)が重要となります。癖は、一生に及ぶので本人の努力、癖を減らす意志が大切です。
治療後の顎の成長
不正咬合の原因が骨格(上下顎)の大きさにある場合、装置を外しても残った成長量によっては噛み合わせがズレることがあるため、成長量の予測、治療の開始・終了時期の検討が大切となります。時には、治療が10年間にも及ぶことがあります(子供の頃から成長が止まるまで)。
口腔内管理
虫歯、歯周病になり噛み合わせがズレたり、また老化により歯肉が退縮して歯並びや審美性が悪くなりますので、口腔内管理として定期健診をして、歯石除去・歯磨きチェックを続けて下さい。
下顎前歯部の安定
術前の凸凹が強かった場合において、下顎の犬歯間を拡大した治療、無理に前に拡げた治療、また成人から開始した治療においては術後の長期的安定が難しい場合があります。(後戻りする)
矯正専門医と治療方法を良く相談し、治療後の保定方法(固定式保定装置にする、隣接面をスライスして安定を良くする、“生涯リテーナー”を考慮する、等)についても確認しましょう。
親知らず(第三大臼歯、8番)について
親知らずとは、三番目の奥歯で真ん中(正中)から8番目に位置しています。上下左右、ある人ない人、全部ある人部分的にない人、様々です。
治療後の安定に対する親知らずの処置(抜くのか、抜かないのか、経過観察していくのか)は、不正咬合の種類、舌癖の有無、抜歯・非抜歯治療の違い、年齢など、いろいろな要素を考慮して決定します。治療後も、親知らずをどうするかはっきり決まるまでは必ず定期健診を続けましょう。
ところで、iPS細胞に代表されるように、再生医療の研究が進んでいます。
つまり、様々に分化できる細胞(多能性幹細胞)を用いて、欠損や障害を受けた組織・臓器を修復する治療法です。最近では、親知らずの神経(歯髄)にある細胞(未分化間葉細胞系幹細胞)を利用した研究も報告されています。
そこで、上顎の親知らずに問題(虫歯、歯周病、歯並びへの悪影響、等)がない場合、保存するよう心がけています。将来、この歯を必要とすることがあるかもしれませんので。
「矯正治療における親知らずに対する考え方」
矯正治療開始前の対応と矯正治療終了後の対応に分けて説明します。
矯正治療開始前において
矯正治療を望んでいない場合は良いのですが、もし将来的に矯正治療を考えているのであれば、矯正相談、検査・診断を受けるまで親知らずを抜かない方が良いと思います。特に、成人の場合、他の奥歯の状態が悪く(その歯を抜いて)親知らずを並べることがあるため、相談を先に受けるべきです。
矯正治療終了後において
これは治療後の安定性との関係です。結論的には、親知らずをどうするか(抜くのか、抜かないのか、経過観察していくのか)は、不正咬合の種類、治療方法、習癖の有無などにより人それぞれで、上下左右を別々に考えて下さい。矯正専門医にしっかりと相談してから決めましょう。
そこで、一般的な考え方を列挙します。
抜くことが多い場合
・歯が大きく、奥に並ぶスペースがない ・非抜歯治療のため、同様に奥のスペースがない ・もともと前歯が突出していた場合や舌癖をともなっている場合は、親知らずの影響を受けて上の前歯が出やすくなる ・下顎において親知らずが水平に埋まっている場合、時に下の前歯が凸凹になることがある(例外として、軽度の傾斜の場合、親知らずを立てることは可能です)
抜く必要が無い場合
小臼歯の抜歯治療によって、奥に親知らずが並ぶスペースがある場合、痛み・炎症などなく安定している場合、等です。
いずれにせよ、しっかりとした説明を受けましょう。